黒松(2)山採りと島木 人の技術で及ばぬ「味」
松盆栽には山採りや島々で採る島木など自然界から手に入れるものと、種から育てる実生、さらに接ぎ木、挿し木など人工的に育てるものがある。
時代の終えん
国分寺の山採りは近くの山から始まった。冬場の農閑期にはなかなかの副収入となった。香川の山々は雨が少なく土質も悪い。そのため松が育ちにくいが、そのぶん味わいのある木が生まれた。
農家の人々はわれ先に山に入り、三豊、津田、引田などへも足を延ばすようになった。乗り物も自転車からオートバイ、三輪自動車へと変化して、”自転車木”と呼ばれた時代もあった。
やがて県内の山に松が少なくなると、瀬戸内の島々に材料を求めるようになった。これが島木である。
一本掘ったら一本苗木を植えるという美徳もあったが、盆栽ブームとともに、山や島の木は掘り尽くされ、本格的な山採りの時代は終えんを迎えた。昭和40年代後半のことである。
以降、韓国などへ材料を求めた時期もあったが、山採りは栽培農家の棚場から激減した。鉢上げした古い山採りの木を慈しみながら育てているのが現状である。
自然の造形美
高松市国分寺町、間嶋園芸園主の間嶋義美さん(64)は、自園の棚場に山採りや島木の数々を置いている。
間嶋さんは、自然の木ならではの魅力を「まず、古い。個性豊かで同じ木はない。根張り、立ち上がり、幹の模様などに深い味わいがある。どれも人の技術ではとうてい及ばない」と話す。
島木に限れば、皮性や葉性が優れたものが多いという。幹や皮の荒々しさも魅力だ。
間嶋さんは「島ではたきぎを採る時、枝だけを切っていたようだ。それで自然に盆栽の素材ができたのでは」と分析している。
園にある島木の幹には、鋭い切り株が多数残っている。自然の造形美と暮らしの知恵をかいま見る思いだ。
(ライター・羽野茂雄)